Mubz Photo 謹賀新年2014

あけましておめでとうございます。

振り返れば昨日までの昨年中はほとんど丸一年間、精神的にはしんどい年でした。いやー今回のは、自分でもなかなかアレだったなあ、と。

自力を顧みて限界を知り、歩みだす方角のことを考え、暮らしの豊かと安寧を考え。結局答えらしきものは無く。正しい解がないってことをそのまま結論として受け止めて、能力実力を問わない、方向を狙わない、暮らしを犠牲にするという、選択をして船出。他にどうしようもなかったと言えるし、もともとそんなもんだろとも思う。

シンドイのであるとそのように悟らせないため、僅かの残高を抉り、会食会談を重んじ、自分の気持ちを一段・二段上に上げる。そうやって周囲にそのように映らない様にすることもまた大変だったことの一つ。根が素直だもんで、堕ちてるときには奈落までゆくタイプ。奈落に居ながらのフリを演じることは結構ストレス。

でもま。こう言っていて、こう落ちくぼんで、こう自傷スレスレな反省をして、それでもなんだかんだ、自分が信じれる、自分で選んだことだけしかしてきていないわけで。身勝手な我が儘で身勝手に悶絶を行う、そのためのリスクを好んで背負ってるだけなんだなと、そうも振り返る。
そのように振り返るとき、その悶絶に付き合わされる周囲の人たちは完全に巻き込み事故であるし、まったく余計な心配を背負い込まされているのであって、そう思うとかなり肩身の狭い気分にもなる。が、さりとて好きでもなく・興味もなく・ただ安泰で・ただ立派そうなことだけを選ぶ男の有様を眺めていたい人間が身の回りにどれだけいるかというと、そういう趣きの人物は居ないはずなので、あまり気にしなくて良いかと居直ったりもする。

で肝心のビジョンが消え去ったのか、折れたのかというとそういうわけじゃあない。むしろそれは具体性を増した。こうして、ああなって、そのように果たす、そのイメージは厳然とある。そのイメージは、昨年年初よりもずっと明確になっているとおもう。ただし実現の材料が自分自身の進捗にマッチするか、実行のタイミングが皆の進捗にマッチするか、そういう個別的課題によりビジョンが形を得るのがいつになるのかは、皆目はっきりしない(昨年はそこの見定めに失敗した。なんにも足りていなかった・・)けども、あるかないかでいえば、紛れなく、ある。ので、これはこれ虎視眈々と足場を固めつつ、機会をうかがいつつで。

といったわけですからして。なにはなくとも健康と体力。そして人が要な本年。身体をいたわり、人をいたわり、結果だけじゃなくプロセスに拘り、また同時にプロセスだけじゃダサいので結果にも拘りで、2本目の2塁打が出るような気持ちのよい歳にしようとおもいますですはい。