Mubz snap

その人は往々にして、最初の頃には、野心、希望そして理想に燃えている。このオレの着眼は正しいはずだ。考えは正しいはずだ。アイデアはイカしてるはずだ。そしてなによりオレは他の奴らとは違ってスゴい奴のはずだ。振り返ってみればずっと、オレはスゴかった。この先はもっとスゴい。

そんな風に思ってる。誰となく彼となく、そういう人の話。

だけど、いざ経営のコックピットに座りハンドルを握って運転してみると、そうそう思った通りにはいかない。オレはスゴいはずなのに、正しいはずなのに、どうしてだか自分に否定的な現実が度々起り、毎日まいにちボディーブローを喰らい続けることになる。悪いときには、一日に何発も。

するとそのうち、まず理想を捨てるようになる。理想を捨てた次には希望もすてるようになる。捨てるものを捨てて身軽になってもそれでも過去に力を得るために結んでしまった契りばかりは、残る。力と金の契り。これは、ぽいっと放り出せるほど簡単なものではない。力を金を融通してくれた契約先は悪魔なのだから。だから理想を捨てて希望を捨てた後にも、コックピットを降りるという判断を下せる場合はほとんどない。許されないように、信じ込まされている。このコックピットに座り続ける限り、というかこのコックピットだけは手放さないその為に、最後までなくさない、なくしてはいけないのが、野心だ。その生来の持ち前の野心だけが、その損切りできないしぶとい野心だけが、その人自身の頼みの綱であり、文字通りの生命線だ。

この段階に至って、彼の頭の中には、世の中と謙虚な対話をして新しくて正しい皆の為になる理想を今一度見出そうだとか、経営なり事業なりサービスが何所其処に到着しなくてはならないという希望を改めて今一度復活させようなどというような類のことは、これぽちも、ない。そういうのは、目下最期の寄る辺である野心、自分自身をコックピットにつなぎ止める唯一の原材料を食いつぶす邪魔にこそなれ、決して足しにはならないのだと悟るわけだ。
(金以外の)余分なことを考える余裕は無いし、謙虚な姿勢で他人の言うことに耳を傾けるというのは、己の無知無能についての気づきと反省を生じさせる。こんなことに脚を取られてしまっては野心などとうてい保てたもんじゃない。だから、元々そうであるより以上に一層、誰の言うことにも耳を傾けまいと態度を硬化するようになる。そういうのもまた才能ではあるが。

こうやって残されたむき出しの野心だけを頼りにして生を得ようとするその人の取り組みは、元々が巻き込み屋、周囲の人間を多いに巻き込むようになる。気分は、ただひたすら「オレの借金」で組織はまかなわれているということに囚われ、「オレの立場」を維持し向上せしめることだけが会社の存亡と直結していると信じ込むようになり、またその独自の論理に支援を受けて、社業が生み出す成果は総て「オレの実入り」として返ってくるべきものでありまた反対に社業が生み出す負債は従業員たちの無能と怠惰によるものである、そう結論するに至らしめる。そしてさらに。他人の無能と怠惰を許容して手元に置いてやっているオレは、やはり並以上の器の持ち主であり、厳しくも優しい人間である。見る立場から見れば献身に過ぎて哀れですらある、と自らを定義するようになる。その人の精神がこういった経路を辿り、辿った末の精神を自己肯定の主として、自分自身を正当化して振る舞うようになる。

近頃のその人は、人物像としていえば、さしづめアニメ『SPAWN』 のバイオレーターといったところ。
暮らしを維持してゆける最低限に設定された月給で永劫使われ続ける者を器用に見つけ出し、たとえばそれは地方の出身であるとか、新卒であるとか、実績が無いであるとか、夢を持っているとかの弱みのある者を取り立てて、唆(そそのか)しあるいは脅し、懐柔して取り込み、金の苦労を壮大に語り、恩を着せ、監視し、叱責し、そして蹂躙する。こうやって本来有能で、若く、バイタリティと思いやりを持ち合わせた、けど少しばかり正直の度が過ぎるアル・シモンズを、バイオレーターは囲う。こうやって推進力たるエンジンの一片を得る。

アルはアルで。半年も立った頃には、本当は薄々気がついている。その人はああ言ってはいるが、この従順でとんでもなく長い時間に及ぶ労働は、自分を夢の頂へとは誘わないのではないか…だけど気づいたときには、もう遅い。既に暮らしの維持という弱みを握られてしまっている。明日を生きる糧を得るため、結婚するため、離婚しないため、子を養うため、ローンを返済するため、最低限度に設定された今目の前にある糧を手放す勇気がへし折られてしまって久しい。
バイオレーターに対して、ではなく、この状況を恨みこそすれ、既に抗うことができなくなってしまったこの大勢のアル・シモンズたちの血のにじむ苦役。この苦役によってまかなわれ続ける実りを敷き詰めたその上で薄ら笑いの彼は胡座をかく。妙な頻度で海外旅行へ行くようになるし、妙なタイミングで一軒家を手に入れたりする。身の回りにいるその人は、バイオレーターかもしれない。

そのようにして。比喩でもなんでもなく、そのようにして無限に動き続けるエンジンとして嵌められたアル・シモンズが、だ。本当に心から、自分の夢などはどうでもいい、ただ働き続ける資源である自分の健康と、家族の暮らしと無事だけを願うために、悩み考え抜いた。そしてアル・シモンズがは決断を実効に移そうとするが事態はそうそう甘くない。
スキルアップを目指すことを口にしたらぶっ叩き、社内での配置換えを口にすればぶっ叩き、会社を辞めたいといえばぶっ殺す。そういう状況が待っている。誰が育てたと思ってるんだ?えっ!?そういう手の理不尽な言葉など、もはや屁よりも簡単に出せるその人が立ちはだかる。つまりは、ただ何も考えず物を言わず。その人が望むその通りに、エンジンであり続けろというわけだ。アル、オマエはオレを栄光の地へと運ぶためにのみ存在するエンジンなんだよ、ということ。オレが作ったエンジン、オレが作った車。オレがどう運転しようと、誰にも何も言わせない。たとえエンジンそのものが悲鳴を上げたって、そんなの、構うものか。エンジンごときの泣き言に付き合ってられるほど、オレは暇じゃない。歩みを止めるわけにはいかない。野心がそれを許さない。契約がそれを許さない。一流のビジネスマンたるもの、そういうものだ。
くれぐれもだが、これは例えではない。文字の通りそのままのことを信じている。

とまあ、そうやって。

早い段階で野心しか残さなくなったその人は、最初に偶然に手にしたエンジンを、メンテナンスするでもチューンアップするでもなくただひたすら回転させることにだけに、集中する様になる。というよりそれ以外を閑雅用としなくなるというのが正確なところではあるが。まあどっちだって一緒だ。タイヤの摩擦係数のこと、航空力学のこと、路面のコンディションのこと、軽量化のこと、ハイブリッドがどうの、ガソリンの質のことなど、面倒で小難しくて手間がかかる事柄には、一瞥もくれない。そんなものの差を言うのは、オレとは違って、弱い奴らのする逃げだと、本気で思っている。収益性の改善、高効率化、事業のライフサイクル、世の移り変わり、代替品の登場なんかこれぽちも想いもしない。そんなものは、弱者の泣き言。トルクの足りない者らのこぼす愚痴でしかない。ただし、オレは、違う。のだ。

ただひたすらに悪夢かと思えるほどに燃焼を繰り返させ、回転数を上げ続けさせ、もはや国全体を覆う不景気という坂道もライバルとなる他の車のモデルチェンジのことも意に介さず、その鈍麻した頭で、回転数任せの運転を誇るようになる。エンジンの回転数に任せきりで、ハンドルに触れることさえも忘れ、ぶつかるものは跳ね飛ばし、もしも壁にぶつけてしまっても、そのせいで車が一部壊れても、車が全部潰れても、アクセルに乗せた足を緩めることは決してしない。そういったことは総て他人が悪いのだから、気にすることは無い。

もはや、アクセルを踏み続け他人より少しでも先んじるその野心を満たすこと以外には、何にも、興味はない。エンジンが本当に壊れきってしまうその日まで、理想も希望も無く、何も聞き入れず、何も学ばず、人であった日々のことも忘れ、ただ深く踏み込むばかりだ。誰彼なく誰もが。


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